札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)916号 判決 1969年1月21日
原告 北海道日産自動車株式会社
右代表者代表取締役 辻村朔郎
右訴訟代理人弁護士 林信一
被告 樋渡金夫
右訴訟代理人弁護士 入江五郎
主文
被告は原告に対し金一八七、四四〇円およびこれに対する昭和四二年七月一五日以降右完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決はかりに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、つぎのとおり陳述した。
一、(一) 原告は自動車ならびにその部品の販売および修理業者であるが、昭和四一年一二月二八日左記表示の自動車一台を、左記契約内容の約定で被告に売り渡した。
記
(自動車の表示)
車名、年式、型式 ダットサンDR四二型
登録番号 札五も二二三一
車台番号 R四一一―〇三二四〇九
(契約内容)
1、代金は金八五四、九六八円とし、昭和四二年一月に金三六、一六八円、同年二月より昭和四三年一二月まで各月金三五、六〇〇円宛を毎月末日限り二四回に分割して支払う。
2、契約と同時に右自動車を被告に引渡し使用させるが、代金完済まではその所有権を原告に留保する。
3、被告が右支払いを一回でも怠ったときは、原告は本件契約を解除できる。
この場合原告は、すでに支払いを受けた代金の返還義務を負わず、また被告は未払代金相当額を違約金として直ちに原告に支払わなければならない。
ただし、売渡自動車を被告が返還したときは右自動車の時価を右未払代金相当の違約金から控除する。
4、本契約が解除されたときは、被告は右自動車の使用権を失い、直ちにこれを原告に返還する。
(二) ところが被告は右売買代金八五四、九六八円の内、昭和四二年二月二八日までに期限が到来していた金七一、七六八円の内金三六、一六八円を支払っただけで昭和四二年二月分の金三五、六〇〇円の支払いを怠った。
(三) そこで原告は昭和四二年三月二三日被告に到達の書面をもって被告に対し、同年四月一五日までに前記遅滞月賦金三五、六〇〇円を支払うべく、同日までにその支払いをしないときは本件売買契約を解除する旨催告ならびに条件付契約解除の意思表示をしたが、被告は右催告期限にもその支払いをしなかったから、本件売買契約は昭和四二年四月一五日の期限経過と共に解除された。
(四) 原告は昭和四二年三月二二日被告より右自動車の返還を受けたが、その返還時の時価は金五四六、〇〇〇円であった。
(五) よって、原告は本件約定に基づき被告に対し未払代金相当額金八一八、八〇〇円から右自動車の時価金五四六、〇〇〇円を控除した残額金二七二、八〇〇円を請求すべきところ右未払代金中には未経過月賦手数料金八五、三六〇円が含まれているからこれをも差し引き、残額金一八七、四四〇円の違約損害金とこれに対する本件支払命令が被告に送達された日の翌日である昭和四二年七月一五日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、被告の主張二の抗弁事実中、(一)の1、2および(二)の1の各事実をいずれも否認する。
同(二)の(2)の抗弁は、被告の重大な過失により時機に遅れて提出したものであり、かつこれがために訴訟の完結を遅延させるものであるから却下を求める。尤も、同抗弁事実の内、本件自動車の売買に当り被告主張の自動車を下取りしたこと、右下取車に残債があったことならびに被告主張の時期に主張の相殺の意思表示がなされたことはいずれも認める。ただし右下取価格は金一八〇、〇〇〇円であり、残債の額は金二〇二、五二八円であった。ちなみに本件自動車の月賦販売代金額金八五四、九六八円は、販売価格金八四五、二〇〇円から金一二五、二〇〇円を値引きした販売元金七二〇、〇〇〇円よりブルーバードの下取額金一八〇、〇〇〇円を控除し、その残額金五四〇、〇〇〇円と右下取車の残債金二〇二、五二八円とを合計した金七四二、五二八円を契約元金とし、これに月賦手数料金一一二、四四〇円を加算して算出されたものである。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁および被告の主張としてつぎのとおり陳述した。
一、原告主張の請求原因事実中、その(一)については契約内容3の部分を否認し、その余をすべて認める。その(二)、(三)の事実はいずれも認め、その(四)の事実も時価を否認しその余は認める。その(五)の主張は争う。
二、仮りに本件契約において原告主張のとおり違約損害金の約定が成立しているとしても、
(一)1、原告の管財係員である訴外武田重雄外一名は、昭和四二年三月二二日原告を代理して本件自動車を引き揚げた際、本件自動車は僅か二ヶ月余の使用に過ぎず痛んでもいないからこれについては将来損害金の請求は一切しない旨被告と約した。
2、のみならず、その後原告から主張の催告があったので、被告は直ちに原告の会社に出向きその違約を責めたが、その際にも前記訴外武田と原告管財課長の両名は被告の説明した上記自動車の引揚事情を了承し、改めて本件自動車については損害金の請求をしない旨を確約した。
(二)1、また、被告が本件自動車を返還したのは、右(一)の1で述べたごとく原告において損害金の請求をしない旨を表明し被告がこれを信じたからである。したがって、仮に右合意の成立が認められず被告にその損害金を支払うべき義務あるとすれば、原告は損害金の請求をしない旨被告を偽罔して契約解除前に本件自動車を引き揚げたもので右は不法の行為というべきである。そうすれば被告は本件契約解除の前日である昭和四二年四月一五日までは本件自動車を自己の業務に使用し得たもので原告の右不法の引揚げの結果同年三月二二日以降二五日間使用利益を喪失したこととなるが、その間の利益は車の賃借料に相当し、本件自動車の一日当りの賃借料は少くとも金三、〇〇〇円であるから、二五日間の喪失利益の額は合計金七五、〇〇〇円となる。そこで被告は原告に対し、昭和四三年二月二一日付本件訴訟の準備書面を原告に送達することにより原告に対し右喪失利益の損害賠償債権をもって本訴請求違約損害金債務と対当額で相殺する旨意思表示をした。
2、被告は本件自動車を買い受けた際、原告に日産ブルーバード一台を代金三三〇、〇〇〇円で下取りさせた。右下取車には当時月賦の未納代金として金二〇〇、〇〇〇円の残債が付着していたから、本件契約が解除され原告主張の損害金を被告が支払うべきものとすれば原告は右下取価額から残債額を差し引いた残額金一三〇、〇〇〇円を不当に利得することになる。したがって被告は昭和四三年一一月一四日の本件第九回口頭弁論期日において右金一三〇、〇〇〇円の返還請求債権をもって本訴請求違約損害金債務と対当額で相殺する旨意思表示した。
証拠≪省略≫
理由
一、(一) 原告が請求原因として主張するその一の(一)ないし(四)の事実は、(一)の契約内容の内3の契約解除権および解除に伴う違約損害金に関する約定部分ならびに(四)の内原告主張の本件自動車の返還時の時価が金五四六、〇〇〇円であったことを除きその余はすべて当事者間に争いがない。
(二) ≪証拠省略≫によれば、本件自動車の月賦販売契約締結の際原・被告間には被告が本件契約に違反したときは原告において契約を解除した上違約金として被告が既に支払った代金を没収し且つ未払代金相当額の金員の支払を被告に請求できる旨の約定が付されていたことを認めることができる。被告本人尋問の結果によれば被告は甲第一号証の契約書中に右趣旨の契約条項があるのを知らなかったというのであるが、これだけでは右認定を左右するに足りないし、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。
(三) また、≪証拠省略≫によると、本件自動車は昭和四二年四月一五日その新車価格金八三〇、〇〇〇円に四ヶ月使用後の減損率三〇パーセントの割合による減損額を控除した金五八一、〇〇〇円から端数を切捨て、金五八〇、〇〇〇円を基準価格とし、これよりさらに調整修理を要する部分の減点額金三四、〇〇〇円を差し引いて算出された市場価格相当額としてその時価を金五四六、〇〇〇円と査定されているものであることが認められ、これに反する証拠はない(なお、この点被告は単に右査定額を争うに留まるものではあるが、成立に争いのない乙第一号証―財団法人日本自動車査定協会札幌支所作成の基準価格表―によると右査定協会の査定による本件自動車と同年型式の車の基準価格は金六〇九、〇〇〇円が相当であるとされ、仮りにこの額を妥当としても、上掲証人浜塚の証言によれば、本件自動車を査定した当時乙第一号証の基準価格表は発行直後で、未だ現場の査定担当者の手元にまで行き渡っておらず、本件基準価格の査定は従来一般に行われていた上記認定の減損率を基礎とした算定方法によって決定されているものであることが認められこれに反対の証拠はないから、本件査定額は少くとも当時としては合理的根拠に基づいて査定された相当な額といって差し支えない)。
二、そこで以下、被告主張の抗弁について判断する。
(一) ≪証拠省略≫によると、原告の管理管財係長である訴外武田重雄と原告のセールス担当係員である訴外佐藤正の両名は、被告が本件自動車の二月分の月賦代金三五、六〇〇円の支払いを怠ったところから昭和四二年三月二二日被告を訪ねて遅滞代金の支払いを求めたが、その際右支払いがあるまでは契約解除を前提として本件自動車は原告の許に引き揚げてこれを預る旨を告げたところ、被告は車を引き揚げるなら本件自動車については未払代金ないし損害金等を一切払わない旨述べて抗争し、論議の結果少くとも被告自身は右趣旨のもとに本件自動車の鍵を手渡し、原告に本件自動車の引揚げを許容したことが認められ、これに反する証拠はない。そうして≪証拠省略≫には右引揚げの際訴外武田らが本件自動車については損害金等を一切支払わないとの被告の発言を了承したかのごとき供述部分があるけれども、他方≪証拠省略≫からは、訴外武田らと被告との間の上記交渉は結局物分れに終ったが、その際被告は一方的に原告側も右被告の意向を了承したものとみなして自動車の引渡をしたものであることが窺われるから、これに反する上記の供述部分は採用できないし、他に右引揚げの際原被告間に被告主張の内容の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
(二) また、その後原・被告間に改めて本件自動車について損害金の請求をしないとの合意ができたとする被告の主張については、証人島口の証言によっても未だ認めるに足りないところ、他にこれを認むべき証拠はない。
(三) 被告は原告の偽罔により本件自動車を引き渡したもので原告の右自動車の引き揚げは不法行為であるというのであるが、被告自身は今後一切損害金等の請求がないと考えて右自動車の引渡をしたものであること上記(一)に認定のとおりであっても、右が原告の偽罔によるものであることについては本件全証拠によってもこれを認めるに足りないから、右被告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
(四) つぎに、本件自動車の販売契約をなすに当って被告より残債のあるブルーバード一台を原告が下取りしたこと、また、被告が昭和四三年一一月一四日の本件第九回口頭弁論期日において右下取車の評価額から残債を控除した金一三〇、〇〇〇円の返還請求債権をもって本訴請求違約損害金債権と相殺する旨原告に意思表示していることはいずれも当事者間に争いがない。
ところで、右下取車との関係で被告が主張する相殺の抗弁は、原告の主張する本件自動車の月賦販売代金額に対する認否との関係において当初より当然考慮されてしかるべき性質の事柄である。しかるに被告は昭和四二年一〇月三一日の本件第一回口頭弁論期日の当初から右月賦販売代金の額を認めながら、原・被告双方が申出た証拠に対する証拠調をすべて終了した昭和四三年一〇月八日の第八回口頭弁論期日まで右反対債権の存在についてはなんらの言及をしておらず、その間原告申出の証人浜塚、同武田についてはいずれも再度の尋問まで経ていることが記録上も明白である。かような本件訴訟の経過に照すと、被告の右相殺の抗弁は、爾後新たな証拠調を必要とする点において少くとも被告の重大な過失により時機に遅れて提出されたもので、著るしく訴訟を遅延させるものであること明らかであるといわざるをえないから、これを却下する。
三、以上によれば被告の抗弁はすべて失当で、原告の請求はすべて理由があるから、本件自動車の未払代金相当額金八一八、八〇〇円から右自動車の時価金五四六、〇〇〇円と未経過月賦手数料として原告自ら減額している金八五、三六〇円とを差し引いた残額金一八七、四四〇円の違約損害金およびこれに対する本件支払命令が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明白な昭和四二年七月一五日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を原告に支払うべき義務が被告にあることは明らかである。
四、よって、原告の本訴請求をすべて正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田博)